Post:2008年06月29日

百人一首を題材とした切手が発行されます

「ふみの日にちなむ郵便切手」の発行(日本郵便)

郵便事業株式会社では、7月に「ふみの日にちなむ郵便切手」を発行しており、ここ数年は百人一首の歌人たちの特殊切手が発行されています。というわけで、どういった歌人たちの切手が発行されているのか、決まり字を添えて書いていきます。

平成20年発行

  • 紫式部(め)
  • 藤原実方朝臣(かく)
  • 清少納言(よを)
  • 大納言公任(たき)
  • 和泉式部(あらざ)

平成19年発行

  • 紀貫之(ひとは)
  • 持統天皇(はるす)
  • 猿丸大夫(おく)
  • 源兼昌(あわじ)
  • 二条院讃岐(わがそ)

平成18年発行

  • 伊勢大輔(いに)
  • 後徳大寺左大臣(ほ)
  • 凡河内躬恒(こころあ)
  • 山部赤人(たご)
  • 周防内侍(はるの)

競技かるたをやっている人で、全ての歌と作者までしっかりと暗記できている人は少ないですからね。せっかくなので、こういった機会に少しずつ覚えていってみましょう。ちなみに、僕も全部は覚え切れていません(汗)

小中学時代の同級生の死

こんばんは、小学校卒業文集の『頭がいい人ランキング』で2位だったHaRDです。まぁ、小学校高学年のときからゲーセンに入り浸るようになって、中学時代は落ちぶれて全く勉強してなかったんですけどね(汗)今回は、そのときのランキングで1位だった友人のお話です。

昨日、朝から温泉に行くときのことだった。僕が車を運転するときにいつも通り過ぎる葬儀社がある。そこは、電光掲示板で文字が流れていくので自然とそこに目が行く。特に意識するでもなく何となく視界に入れていると……本日式が行われる故人の名前が、小中学時代の同級生の名前となっていた。

血の気が引くとは、この様なことを言うのだろう。全身を痺れるような感覚が駆け巡った。偶然その先の信号が赤になったので、停車して振り返って電光掲示板を注視する。きっと見間違いに違いない!

……しかし、再び流れてきた文字は間違いなく同級生の名前だった。その瞬間、動悸が激しくなり、体が動揺しているのが分かった。

「同姓同名の別人に違いない!」という願望を持ちながら、小中学時代の友人に連絡を取ろうと、一旦停車してケータイの電話帳を確認する。

だけど、僕の電話帳には全くと言って良いほど当時の友人たちの連絡先が入っていなかった。これにはいくつか理由があるのだが、「同窓会に行きたがらない」「自分から連絡先を聞こうとしない」「学生時代は、広く浅い友達づきあいだった」「自分から遊びに誘おうとしない」「ケータイを買ったのが、高校を卒業してから」などの理由が挙げられると思う。普段は、連絡先を知らなくても全く支障はないのだが、このときばかりは後悔した。

そんな中、ようやく連絡先を知っている同級生を発見した。小中高が一緒だった友人だ。小学校のときは、3人で一緒に遊んでいた仲である。正直、連絡先を知っているだけで、メールも電話も一度もしたことがない。その上、僕の電話番号やメールアドレスが変更したことを教えていない。

これで連絡が付かなかったらアウトだな……と思いながら電話してみるが、30秒ほど呼び出しをしてもつながらなかった。電話がつながらなかったことを残念に思う一方、不思議と少しだけほっとした。電話がつながってしまったら、『彼の死』という現実が本当のものだと分かってしまう可能性があるから……真相を知りたいけど知りたくなかった。

「とりあえず落ち着こう」と、少し休憩した後に、当初の目的である温泉に行くことにした。今日は道が混んでいて、1時間半程かかってしまった。そして、1時間ほどのんびりと温泉に入った後に、一度上がってケータイを確認する。

「連絡は来てないか……」そう思って、もう一度温泉に入ろうかとしたときだった。電話をかけた友人から電話がかかってきた。

「はい、HaRDです」と、急いで電話に出ると、友人は「あ!けんちゃんね!」と言って納得したような様子だった。友人にしてみれば、知らない番号からの不在着信に電話をかけたところだったろうからね。こうやって話すのは、高校卒業以来7,8年ぶりだった。積もる話も色々とあったのだが、軽く挨拶を交わした後にいきなり確信の話となった。

「○○○の事だろ?」

こっちから聞く前に、僕が電光掲示板で見た彼の名前が告げられた。その時点で、彼が死んだのが本当のことだと確信した。

「あ……そっか……うん……今日知ったんだけど……やっぱりかぁ……」

何と言って良いか分からなかったが、無言になるわけにもいかずに言葉を振り絞った。自然と涙が溢れてきて、足下に涙がこぼれ落ちていくのが分かった。

「俺も昨日知ったんだけど……突然だったね……」

そう答えてくる彼の声は、高校時代と変わらない聞き慣れた声であったが、心なしか鼻声であるように聞こえた。そして、彼の死因を訪ねると、

「いや……俺は全部知っているんだけど……それはちょっと言えないというか……」

答えづらそうに言ってくる彼を、「あ、うん、分かった。良いよ」と言って遮った。要するに、一般的な事故や病気ではなかったということだろう。それ以上深くは聞かなかった。そして、色々と言葉を交わした後、「ごめん、どうもありがとうね」と言ってケータイを切った。

やはり、彼が死んだのか……再び温泉に入りながら感傷にふけった。小雨が降る露天風呂だったので、僕の涙もあまり目立たなかっただろう。

彼の小学生時代の印象は、「泣き虫」だった。ちょっかいを出してからかったりすると、すぐに泣き出していた。

よく、家に遊びに行くこともあったが、玄関から上がったことは一度もなかった。チャイムを鳴らした後は、庭から家へと上がってすぐの部屋でよく遊んでいた。一番よくやったゲームは、「ファミスタ」だった。お互いにプロ野球好きだったので、ハマって対戦をしていたものだ。そこのテレビは白黒で、遊んでいたらよく妹が邪魔しに来ていたなぁ……

勉強の面では、前述の通り小学時代は良きライバルだった。学期毎に変わる学級委員は、僕か彼のどちらかが勤めていることがほとんどだったように思える。

中学になってからは、一緒に遊ぶということはほとんどなくなったが、家が結構近いのでときどき一緒に登下校をすることはあったかな。

高校になってからは、違う学校へ進学したこともあってほとんど会うこともなくなった。ただ、一回だけ年賀状が届いたかな。今となっては、形見になってしまったのだが……

今度、十数年ぶりに家にお邪魔して線香を上げさせてもらおうかな。「いままでありがとう!」と伝えるために……ね。

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