小野篁と足利学校

創建者ちなみ 百人一首 スピード感 観客圧倒(東京新聞)

栃木県足利市の「足利学校さままつり」で、競技かるたの模範試合が行われた、という記事です。写真の様子や、同時に何選手もしている様子から察するに、観客に競技かるたがどのようなものを解説しながら試合というわけではなく、選手たちは真剣勝負だったのではないかなと思います。

「足利学校さままつり」を聞いたことがなかったので調べてみると、足利学校は日本最古の学校と言われているようです。学校の成立についてははっきりしていない点が多いのだが、小野篁(おののたかむら)が創設者だという説があり、そのつながりで、競技かるたの模範試合が行われたわけです。

小野篁を知らない人のために簡単に説明すると、小野妹子の子孫、小野小町の祖父と言われている人物です。ある時、上皇に怒られて隠岐に流されてしまいます。で、その時に詠まれた歌は小倉百人一首にもある、

和田の原 八十島かけて 漕き出でぬと 人には告げよ あまのつりぶね

です。小倉百人一首の作者名では、役職名を付けられて『参議篁』となっていると思います。

以上、ちょっとした雑学でした。競技かるたをやっている人は、このようにして少しずつでも小倉百人一首の背景に触れていくと面白いと思います。恥ずかしながら、僕は日本文学や日本史についての学がないので、偉そうなことを言える立場ではありませんが(汗)

2 Comments

  1.  いやいや、そんなことはありませんよ。このサイトに入ってくる、かるたファンのみなさま(小学生から、私のような中高年まで)は、しっかりと勉強させられていますよ。このようにして、競技だけではなく、日本古典文学(和歌)が理解されていくというのはすばらしいことだと思います。どうもありがとう! きっと、小野篁さんも、紹介してもらって、喜んでいらっしゃることでしょう。
     ちなみに篁の孫にあたる、小野道風は、「三跡(三蹟とも)」と呼ばれる平安時代を代表する書家のひとりです。なお、篁は、妹子の子孫だと思われますが、小野小町については諸説がありますので、篁の孫であるとは断言しがたいようですね。彼女は謎に包まれた人物。ちなみに、熊本でも鹿本郡植木町に小野という地名があり、ここには(その水を、小町の産湯に使ったという)小野泉水公園なるものがあります。

  2. 競技かるたは日本文化なのかスポーツなのかという話題が時々挙がりますが、
    「競技かるたはスポーツだ」
    というのが僕の考えであり、
    日本文化だとは全く思っていません。

    ただ、競技かるたをすることによって、
    和歌やその背景である日本文学にも興味を持つようになるという意味では、
    日本文化的側面を持っている競技だと思います。

    僕は、まだまだ勉強不足です。
    正直な話、六歌仙もはっきりと言えませんからね(汗)

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