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初期の宝塚劇団員の芸名は、全て小倉百人一首が由来だった
女性だけで構成される『宝塚歌劇団』劇団員の芸名は、当初は百人一首にちなんで名付けられていました。Wikipediaによると、
創立当初、劇団員の芸名は百人一首にちなんだ名がつけられていたが、ネタが尽きたため百人一首に固執せず、現在では劇団員が自分で自由につけている。過去にタカラヅカにあった芸名と被らないようになっているが、瀧川末子のように親娘3代で名乗る(2代目のみ「滝川」)芸名もある
とのこと。なるほど……じゃあ、百人一首ネタがいつ尽きたのかを調べてみようじゃありませんか!
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『神田うの』の名前の由来
こんばんは、『神田うの』の名前の由来が持統天皇から来ていることを知って、ちょっぴり驚いてしまったHaRDです。
持統天皇と言えば、競技かるたをやっている人は多くの人が知っているでしょうが、小倉百人一首の2番目の歌『春過ぎて……』の作者であり、1番目の歌『秋の田の……』の作者の天智天皇(中大兄皇子)の娘にあたります。
何故、持統天皇から『うの』の名前が来たのだろう……と少し不思議に思ったのだが、どうやら持統天皇の幼名が『鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)』であったことに由来しているらしい。
宝塚歌劇団員の芸名として、小倉百人一首ゆかりの名前がよく使われていたのは有名な話だが、こんなところにも小倉百人一首が由来の芸能人がいたんですねー。ちなみに、『神田うの』は芸名ではなく本名らしいです。