『神田うの』の名前の由来

こんばんは、『神田うの』の名前の由来が持統天皇から来ていることを知って、ちょっぴり驚いてしまったHaRDです。

持統天皇と言えば、競技かるたをやっている人は多くの人が知っているでしょうが、小倉百人一首の2番目の歌『春過ぎて……』の作者であり、1番目の歌『秋の田の……』の作者の天智天皇(中大兄皇子)の娘にあたります。

何故、持統天皇から『うの』の名前が来たのだろう……と少し不思議に思ったのだが、どうやら持統天皇の幼名が『鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)』であったことに由来しているらしい。

宝塚歌劇団員の芸名として、小倉百人一首ゆかりの名前がよく使われていたのは有名な話だが、こんなところにも小倉百人一首が由来の芸能人がいたんですねー。ちなみに、『神田うの』は芸名ではなく本名らしいです。

3 Comments

  1. 宝塚では親子で同じ芸名使ってる人もいますよ。
    瀧川末子さんは「瀬を早み」が由来なんだけど、
    これは何と三代目まで続いてます。
    四代目が生まれるのかどうか…は不明。

  2. すげぇ……詳しい。
    僕は宝塚に関する知識が全くないので、実際に百人一首が由来の芸名を例として挙げられませんでした(汗)

  3. 有名な方だと、天津乙女さん(天津風)、蘆野まろやさん(夕されば)、有馬稲子さん(有馬山)、富士野高嶺さん(田子の浦)あたりかな。
    記憶をほじくればまだまだ出てきそうだけど…。
    宝塚は大好きなので、このページを見てる皆さんにもお勧めです。(ちょっと宣伝(笑))

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