Post:2011年04月10日
これやこの
あれは、大学三回生の春の日だった――
サークルの練習日だったので、いつものように札を持って練習場所へと向かう。さて、今日は誰か練習に来るのだろうか。そんなことを思いながら車を走らせた。
この時期、普通のサークルであれば新歓活動を行うのであろうが、うちは特にそういう事をやっていなかった。僕に余裕がなかったというのが一番の理由だろう。
練習場に着く。誰もいない。いつものことだなと思いながら本を読み始めた。終日練習日でも誰も来ないということはザラなので、勉強道具などの時間をつぶすためのものを必ず持ってくるようにしていた。
数刻後、後輩がやってきた。実は未だに勝ったことがなく十数連敗中。惜しい試合もほとんどなく完敗状態だ。
「じゃあさっそく試合をしよっか?」と言って準備を始める。僕は取札を用意し、後輩は持ってきたノートパソコンとスピーカーをセッティング。偶数人のときは、インストールした読み上げソフトを使って試合をするようにしていた。
「よろしくお願いします」とお互いに礼をして暗記時間開始。いい加減にこの後輩に勝ちたいものだ。そして、そろそろ暗記時間2分前になろうかという頃だった。
ガチャッ!
ドアが不意に開かれたのに僕は驚いた。いつも一緒に練習をしている他大生や社会人が来る可能性もあるので、ドアが開くこと自体に驚いたわけではない。いつも使用している、入口に近いドアとは逆側のドアが開かれたことに驚いた。
瞬間的に、「いつも練習に来ている人ではない」と思った僕は、暗記を止めて開いたドアへと視線を向けた。そこには、一人の男性が立っていた。
「あの……百人一首のサークルはこちらでよろしいんでしょうか?」
イントネーションからして関西出身者だろう。そう思いながら、僕は「失礼します」と対戦相手に一礼して立ち上がった。
「そうですけど……」
百人一首という単語が出てきたということは、僕たちに用事があって来た人のようだ。とりあえず一安心して、何を言おうかと言葉を選んでいると、意外な言葉が返ってきた。
「あ、暗記時間中ですか? 一応読みも出来るんで読みましょうか?」
えっ、経験者?確かにパソコンよりも、実際の読みの方が練習になるのだが……と考えていると、後ろから声がした。
「2分前です」
後輩が暗記終了2分前を告げ、バンバンと素振りをし始めていた。マイペースだなと苦笑いしながら、僕は読み札を用意して読んでもらうことにした。
「では、いきなりで申し訳ないですけどお願いします」
札を渡して席に戻った。自己紹介もまだなのにいきなり読みかよと思いながら、僕も素振りをした。いかんいかん、集中しなきゃ――
「なにわづにー」
読み上げられた歌は、上手いというわけではなかったが聞きやすかった。大きな声で、明らかに競技かるたを知っている人の読みだった。そして――
「ありがとうございました」
今日も勝てませんでした。一体僕は何連敗するのだろうか……と思いながら、すぐに読み手へと向き直った。
「いきなり、読みをさせてしまって申し訳ありません。競技かるたをされている方なんですか?」
試合が終わってからようやくお互いに自己紹介――それが彼とのはじめての出会いでした。
この季節は色んな新しい出会いがあると思いますが、各地のかるた会、かるた部、かるたサークルにもたくさんの新しい出会いがあると良いですね。
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 (蝉丸)