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『全日本かるた協会』と『日本かるた院本院』

京の人今日の人:「かるた始め」朗詠、鈴山葵さん/京都(毎日新聞)

1月3日に行われた『かるた始め』で読手を務められた、日本かるた院本院理事長の鈴山葵さんの取材記事です。記事中には、以下のような文面がある。

「規則があってないため、もめることも多い。札に同時に触れた場合は遠い人の勝ちなど、ルールを知ってほしい」

……なるほど。全日本かるた協会のルールでは、同時の場合には自陣の取り――つまり近い人の勝ちになるのだが、日本かるた院本院のルールの場合は逆なんですね。このルールで競技かるたを行ったら、運命戦でも自陣を取られちゃいそうで怖いですね(汗)

『日本かるた院本院』と聞いてもピンと来ない人が多いと思うので、ここで簡単に説明します。

今では、社団法人全日本かるた協会に、各都道府県で活動をしているかるた団体が参加するという形になっていますが、数十年前はかるた会も複数存在していました。詳しいことは知りませんが、方向性の違い等によるものなんでしょうかね。

そんな中、まだ全日本かるた協会が主催で名人位戦を行っていなかった頃に、初代名人位に輝いた鈴山透氏が設立したのが『日本かるた院本院』である。競技性よりも美しさや文化的側面を重要視しているようで、1月3日に毎年行われている『かるた始め』も日本かるた院本院が行っている。競技かるたが激しいスポーツ的側面を持っているにもかかわらず、和装で行うのが正しいという一般の人のイメージは、かるた始めがテレビニュースなどでも取り上げられるのも、ひとつの理由なのかもしれませんね。

ちなみに、こういった競技かるたの歴史については、Octopus's Pageの『かるたのページ』にて非常に詳しく書かれていますので、興味がある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。

和装義務の公認大会が増加中……

一瞬の勝負に漂う緊張感 京で全国かるた女流選手権(京都新聞)

女性のみが出場可能な大会である、第40回女流選手権大会の記事です。数年前までは、『和装着用をお願いする』という形で大会が行われていたと思うのだが、いつの間にか『全員が和装の着用義務』というように変更されているみたいですね。やれやれだぜ……

そして、来年2月に行われる奈良大会でも、A級は和装を義務付けるようになるようだ。相変わらず、競技かるたを和装で行わなければならないという理由には触れず、『名人戦やクイーン戦が和装だから』や『和装の大会が増えてきた』という理由で公認大会を和装義務化にしていくのは、どうにも納得がいかない。大きな発言力を持つ一部の理想によって変更されているように感じてしまう。

競技かるたが制定されて、今年で104周年ということになると思うが、確かに制定当時は和装で競技かるたが行うのが一般的であったようだ。しかし、当時は和装がポピュラーな服装だったと思うし、他に競技中に適当である服装が見つからなかったからであろう。100年前に日本で行われていたスポーツの服装を調べると、今と違って動きづらそうな格好のものが多いことが分かると思う。

他の様々なスポーツが、『自分の力を最大限に発揮するために、また快適に行うため』に機能的な服装が考え出され、進化しているにもかかわらず、何故競技かるただけが和装に固執するのかが理解できない。

大会で和装で当たり前のように出場していた明治や昭和初期は、今の競技かるたと若干ルールが違ったようだ。一番大きな点は『払い手が禁止されていたこと』。だから、当時の競技かるたの技術書を読むと、『札を取りに行くときに、畳に付いた手を一度眼前に上げ……』といった、今では考えられないような取り方が書かれている。また、和装だと生地が薄くひざを痛める危険性が高いので、多くの選手がざぶとんを下に敷いて大会に出場していたという点も今とは違う。

今では、札を早く取るために生まれた『払い手』が主流となっているので、それに伴い服装が和装から機能性に富んだ服装に変わっていくのは当然なことだと思う。そんなに和装で試合をすべきだと思っているのであれば、全日本かるた協会ではなく日本かるた院本院で活動をすれば良いのでは……?

まぁ、僕はもう公認大会に出ることはないと思うので、和装を義務化しようがしまいが直接的に関係ありませんが、和装が義務化されたことで大会に出ないという人がいないことを願う……無理な話だけど(笑)