和装義務化のお話
久しぶりにまた考えて見ました。和装義務化したい人たちは、いったいどういう人たちが多いのか考えてみた。
- 強いA級選手
- 役職についている方
- 都会の会に所属している方
僕の勝手な想像でしかありませんが、こういった方々が和装義務化に賛成しているように思える。逆に言えばこれらに当てはまらない方は、この問題に対して反対・無関心、義務化の動きを知らない人たちが多いように思える。
そこでひとつ提案なのですが、本当に和装が良いと考えるならば、まず所属会単位で和装義務の規定を設けるべきだと思います。所属会会則として『大会出場時は、和装を着用すべし』という項目を追加し大会に出場する。そして、自然と大会に和装で出場する人が多くなっていく……なぜ、それをせずにいきなり大会全体で義務化しようとするのだろうか?僕には理解できない。
以前も言ったことだが、委任状のハガキに『和装義務化についてどう思いますか?』という質問文を書いておくとか、公認大会でアンケートを書いてもらうとかそういったことをやって、全体の意見を汲み取って欲しいと思います。あ、そういえば、大学選手権大会のときの『知る人ぞ知る』ってドコが作ってるんだったっけ?あれに『和装義務化についてのコメント』という欄があったら結構面白いかもしれない(笑)
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52 Comments
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初カキコです。私はカルタを愛する高校生です。和装義務化が決定されては困りますねぇ。和装な
んてたいそうな事は、学生にとって(絶対)無理ですよ。そこまでしなけりゃいけなくなったらカ
ルタをしようという人は激減するんではないでしょうか。ていうか、今まで和装じゃなかったのに
今なぜ和装する必要があるんですかね・・・。
ご意見ありがとうございます。
せっかくかるたを好きでやっているのに、上層部の意見により大きな規制がかけられようとしているのは残念な話ですよね。
和装義務化の理由ですが、『見栄えを良くする』というのが一番大きな理由のように思えます。
和装義務化に賛成している方々には、麒麟さんのようにかるたを愛する人たちの貴重な意見をもっと聞いてほしいですね。
義務化って言われてもねえ
やるなら、一月だけ義務化ってのは?って感じです。
一月はメディアに取り上げられやすいですしねえ
でも一月だけのために和服を持っておくのも不便ですが。
クイーンと名人戦のみでいいのに。。。
伝統文化だからという理由もあるようですが、ここしばらく続いているTシャツにジャージというスタイルも、立派なかるたの文化の一つだと思います。
麒麟さんのおっしゃるように、なぜそれをないがしろにしてまで和装を義務付ける必要があるのでしょうか。。。
>一月だけ義務化
まぁ、思いっきり譲歩したとしてもそこが限界でしょうね。
一月でさえ、着付けをした状態での会場までの移動は大変なので、
ましてや夏は周りの目と暑さでものすごくきついでしょうね。
>Tシャツにジャージ
競技かるたを知らない人がクイーン名人戦を見て、
『真剣勝負のスポーツなんだから、動きやすいジャージですればいいのに……』
とブログでコメントをされていました。
やはり、競技かるたを知らない人にとっても和装での試合は違和感を覚えるのでしょうね。
名人戦クイーン戦でジャージでしたほうが良いのにとコメントされてる方が居るとは驚きです。
僕も言われてみたらジャージの名人戦も見てみたいと思いました。
名人戦は和服という固定概念で今まで過ごしてきたので、発想になかったです(笑)
Tシャツジャージだって日本製なら和服じゃんって思いますが。
和服にこだわるなら、冬は袴、夏は浴衣?(笑)やりにくい。。。。
ちょっと発想を変えれば、和服と銘打ったジャージが販売されれば丸く収まるのかも(笑)
……冗談はさておき、名人やクイーン、そして挑戦者の方たちも普段はジャージ姿(もしくはそれに準じる服装)で試合をしているわけです。
だから、普段の格好で試合を行ったときに最も素晴らしい試合が見れるのかもしれませんね。
HaRDさん
それは言えてますねえ
実力を落とす行為を協会はしてるわけですね
でも
結局は上の人たちで決めちゃうんでしょうね
全日本かるた協会は、大事なことを上の人たちだけで勝手にを決めるわけではなく、
しっかり話し合いや議論を行い物事を決める……そんなまともな会だと思いたい……
庶民はであってほしいですね
庶民派であって欲しい
と書いたつもりが
庶民は出会って欲しい
とも読める書き方をしてしまった(笑)
変漢に応募できるかも(笑)
そこまでたいした作品でもないか(笑)
最近、競技規程改正案が各会に配られ意見が求められているので、
同じように和装についてもみんなに意見を求めて欲しいですね。
以前、「考えがまとまったら」と書かれておられましたが、和装についてどのようにお考えはまとまりましたか? とりあえずコメントからは「義務化へのやり方が乱暴だ」という意見が汲み取れました。それには私も賛成です。しかし、もう少し「どうしてあの人たちは和装化したがるのだろう?」という根本的な考察は進みましたでしょうか?
「見栄えが良くなる」ということは、外部にかるたに憧れる人が増える、かるたがますます盛んになる、と必然的になるのでは? それなら意義深いでしょう。
今、かるたをやっていて、着物を買うつもりのない人たちの意見を「無視して良い」とは思いません。しかし、管理人さんが言う「役職についている方」が、外部からどのように見られるかをどれだけ大切に真剣に考えているかにも思いを馳せないと、大事なところに近づかないと思います。
ただ「かるたを取ること」だけを考えるべきか、「社団法人」としてどのように周囲に気を配り目を利かせ、バランスよくトータルで考えるべきか。人によって様々で構わないのですが、「役職についている方」なら当然、後者が好ましいところでしょう。
ここでは「和装化」だけが取り上げられてますが、かるたで高段位の方々の中には「かるたを取る」以外の部分が未熟な人も数多く見られます。作者を知らない、歌の意味を知らない、…etc. ただ「かるたを取る」ことしかできないのに、二段なり三段なり高い段位をもらえることに私は疑問を持っています。
本来はかるた競技の実力が上がっていくとともに、文学知識の向上、和の世界の理解、立ち居振る舞いの完成、払い手や札の扱いの洗練など、段位が上がるに従って色々な要素も向上していくべきものです。和服の扱いもそれらの一つで、四段や五段をもらった選手は、「たしなみ」として自然と着こなせるようになっている、というのが理想です。
学校のクラブや子ども会などでかるたを始めた人ではなく、厳しい師匠について一から叩き込まれた選手には、一流のかるた技術とともにそういったものも身につけておられる方々もいらっしゃいます。和装に賛成の方の中に「強いA級選手」が入っているのは、当然のなりゆきでしょう。しかし「強いA級選手」が皆、和装に賛成なのではありません。文学や和のたしなみなどにまるで興味を持つことなく、ただ強くなっただけのA級選手は、和服にほとんど目を向けません。試合で強くても「尊敬できない」と感じる選手には、そういうタイプの方が多いような気がします。
「かるたの世界はそうなっているんだから、それでいいんじゃない?」と思われる方も少なくないでしょう。しかし以前も申し上げた通り、内輪ではそれで通用しても、世間は認めてくれません。「かるた」という競技も、「かるた」の競技者も。「作者名を読み上げられても、どの札か、わからない」という人が「何段でござい!」と言っても、かるたの世界以外の人々には「なんだ、その程度の競技か」と思われるのがオチです。そもそも、競技を始めて3ヶ月の小学生が「初段」とか、始めて1年経たない高1が「四段」とか、とんでもなくインフレですからね。
ところが、かるたで強くなっていく上で人間性や「たしなみ」を問われる場面は多くはありません。かるた協会の方針で、「全国大会の結果・成績」のみで昇段の基準を決めます。ですから、強くなる道のりで、上記の要素を究めようとしないまま強くなる人も生まれてしまいます。これは賛否ありますが、私には「好ましくない」と感じられます。競技かるたは100年の歴史ですが、百人一首は千年の歴史を誇る日本人の宝です。「かるたの意味なんか知っても、強くならないよ」という心無い言葉を聞くたび、つらくなります。かるたを通じて、その先にある「歴史」「文学」「和」を学んで欲しいのですが…
だからといって、ただ着物を着れば「和の人」になれるわけではないので、本来は別の形でかるた人としての成熟を促す教育をすべきです。かるた協会がそれをしないで、「和装義務化」するとというのであれば、私からも片手落ちに見えます。
しかし着物を着用する機会を得ることで、何らかの出会いがあるのも事実です。「大会に参加できない」と悔しい思いをする人がいる一方で、着物に挑戦して「何か」を得る人もいます。あるいは最初は興味がなくとも、毎年着物を扱い続けることでだんだん愛着の湧いてくる人もいます。全国大会の全てが「和装義務化」されていくことには、流石に抵抗を感じますが、年にいくつか そういう「何か」との出会いを演出する大会があってもいいような気がします。
和装化を「義務」とする方々には、まずは「見栄え」をよくしようとする、コマーシャリズムを高める、という目的が第一にあると思われますが、同時に「和装を通じて何かと出会って欲しい」というかるたの先輩(場合によっては人生の先輩)としての心遣いもあると感じます。その「義務化」というやり方はちょっと乱暴であり、管理人さんの不愉快な気持ちには同調できるのですが、諸先輩方の気持ちを理解できなくはありません。
いつも、貴重なご意見ありがとうございます。
今回『推進される方々の気持ち』という話が上がりましたが、
恥ずかしながら僕は、気持ちを読み取るまで考えが及んでいませんでした……
ただ、『義務化のメリット=気持ち』であると、心の中で片付けてしまっていました。
?さんのご意見で、また考えるべきことが増えてしまいました(苦笑)
和装義務化の問題を真剣に考えるならば、メリットデメリットや競技者の増減ばかり考えるのではなく、『競技かるたはどのような競技であるべきか』ということまで考慮しておかないといけませんね。
このサイト上で、『本当に考えて和装義務化しようとしているのか?』という様な意見をたびたび書いていますが、本当に考えてないのは、僕の方なのかもしれません……
>和装についてどのようにお考えはまとまりましたか?
大変お恥ずかしい話ですが、未だに上手くまとまっていません……
元々の自分の意見があまりにも利己的なものであったために、いろんな方の意見を聞くたびに考えが変わっているというのが現状です。
たとえば、当初は『絶対に和装は嫌だ』という考えだったのですが、今では議論や話し合いをした上で条件付での和装義務化なら良いかな……という様に随分と変わってきています。
?さんのコメントを見た後に自分の書いた記事を見ると、あまりにも見劣りします(笑)
いいかげんな考えと言われるかもしれませんが、自分の考えがまとまりそうにないのでまとめて意見を述べるのではなく、これから少しずつ自分の意見を述べていこうかと思います。
しっかりした考えを持っておらず、そして文章力がなくてすみません……
?さんの意見は僕にとっては難しいです
僕は、百人一首の意味は好きな札しか知りません
現在のカルタを見ていますと決まり字で反応してかるたを取るといのか一般的ですよね?
たしなむというとしたら、歌会みたいなのを平行して開催するのならば、たしなむことも出来るでしょう。
かるたが教育なのか文化なのかスポーツなのかの立場で和服の観点も変わると思います。
?さんがおっしゃるように歌の意味を考えたり出来るように、そのような会もしくは部門も発足すべきだと思います。
和服だけ先行しすぎてるように思えます。
皆さんの意見を読ませてもらっていますが、なかなか参考になる意見が多く面白いと感じています。今日はちょっと時間がありませんが、日を改めてまたこのスレッドに書かせていただきたいと思います。
そんたさんの、「やるなら、一月だけ義務化ってのは?」というのはなかなか鋭い意見です。12月の愛知とか、4月の選手権(義務ではなく奨励)とか、11月の東西代表決定戦とか、1月以外の大会がすでに和装化されていますが、「真夏の着物」がかるたと馴染まないというのは至極 万人に納得してもらえる正論だと思います。
「とにかく、声を上げよう!」という、そもそもの管理人さんの書き込みも然りで、他にも、たくさん「なるほど」と思わされるいい意見を読ませてもらっています。
競技かるたの技量のみで日本一を決める『名人・クイーン戦』があることですし、僕は競技かるたはスポーツだと思っています。
そして、和の伝統や文学などは『競技かるた』に興味を持った人が、『小倉百人一首』に興味を持つようになり、自分から学ぶものだと思っています。
ゲームの三国志をやって、歴史に興味を持つような感じでしょうかね(笑)
>「とにかく、声を上げよう!」という、そもそもの管理人さんの書き込み
僕がこの日記に和装義務化のことを書いた最初の理由は、『競技かるたをやっている当人たちがこの事実を知らないので、教えてあげよう』でした。
初めはただ文句を書いていただけなのですが、皆さんにコメントをいただいたり、意見を聞いているうちに和装義務化の意見……そして、競技かるた自体への考え方も変わってきているように思えます。
競技かるたをやっていて、この日記を読んでいらっしゃる方がどれくらいいるかは分かりませんが、みなさんにも真剣に考えてほしい問題だと思いました。
ちなみに、?さんのようにたくさんの記事を書いてくださる方のために、一度に投稿できる文字数を今までの4倍の4096文字に増やしました。
?さんに褒められて嬉しく思ってます(笑)あまり褒められることって最近無いんで(笑)(泣)
一月だけ義務化というより
和服ウィークみたいな感じで、ある週だけ和服とかにしたらいいのにって今思ったところです(笑)
それを年に二、三週くらい設けたらどうかなあ?って
文字の制限の緩和は嬉しいなあ。(^^) 今まで、泣く泣く切った文言もあったので。
さて、管理人さんは競技かるたをスポーツであるとして、その根拠に「競技かるたの技量のみで日本一を決める『名人・クイーン戦』がある」としています。しかし、『名人・クイーン戦』は、果たして技量のみで争われているのでしょうか? その前提として挙げられた条件がそもそも疑問です。
通常の大会に比べ、儀式も制限も多く手間をかけるこの大会こそ、むしろできるだけ技量以外の部分を求めているように感じます。もちろん圧倒的な技量を持っている選手なら、その他に未熟な部分があっても名人・クィーンになれてしまうのでしょうけれど、極力そのような事態を避けようとする空気を感じます。
「(競技)かるたが教育なのか文化なのかスポーツなのか」と、立場・区分けをはっきりさせたいという意見も読ませていただきました。そして「スポーツだ」と結論づけてらっしゃるようですが、ちょっと乱暴な気がします。私の見解は、特に分類する必要はないというものです。百人一首(和歌)そのものが文学でもあり 情動行動であり ゲーム(歌合せ等)であり、と様々な顔を持っています。それを用いて、知力と運動神経と戦術を駆使して行う競技かるたは、ゲームともスポーツとも遊びとも文化活動とも何とも言えません。バトミントンや卓球に似ているようであり、囲碁将棋に似ているようであり、でもそれら全てとはっきり違う「競技かるた」は、スポーツでもなければ文化活動とも言えない、「競技かるた」としか言えない独特のものであると周囲に述べていいのではないでしょうか?
確実に「競技」ではありますし、国民文化祭・高校総合文化祭などでは「文化」の顔をしています。ジャージで練習する平常の姿に慣れている者には「スポーツ」が実情に近いと感じられ、元気のいい小学生に教える時には「お勉強じゃないよ、スポーツだよ」という顔になります。このように、それなりのTPOに応じて「顔」を変えられる器用な「競技」です。
京都の任天堂の建てる施設を使わせてほしい とか、トヨタが選手権に出資する とか、それなりのメリットがある時には、やはりTPOに合わせた顔になるのが自然です。
管理人さんが、「競技かるたは、スポーツである」と結論づけることは、以上の点から違和感を覚えます。
>競技かるたの技量のみで日本一を決める『名人・クイーン戦』
僕は予選に出たことがありませんし、名人・クイーン戦をしっかりと見たことすらないので、恥ずかしながら、その儀式や制限というのがどのようなものなのか知りません。
ただ、日本一を決める場面(スポーツや文化活動や芸術活動)ではある程度の儀式や制限があるのは当然のことだと思います。
しかし、名人・クイーン戦のことを詳しく知らずにする発言じゃありませんでしたね。すみません。
>競技かるたは、スポーツである
この件に関しては、?さんの『スポーツでなければ文化活動とも言えない独特のもの』という意見に賛成ですね。
僕は以前この日記で、『競技かるたは伝統文化ではない』と言い切ってしまったのですが、それは競技かるたが何かの分類に属していなければならないという固定観念から『伝統文化ではなくスポーツだ』と言う安直な反対意見を持ってしまいました。
不都合がないのであれば、何かの分類でくくってしまわないのが一番なのかもしれませんね。
この話題で、僕は高校のときに自分の部活のことを説明するときに「体育系に最も近い文化系部」と言っていたのを思い出しました。
こんにちは。面白そうなお話なので、遅ればせながらコメントしたいと思います。
まず、大前提の問題として、和装義務化の是非は誰が決めるのか、ということです。
これは、競技かるたをしている人たち全体の総意に基づいて決定するのがいいのではないかと思います。
「役職についている方」々だけで決めていい問題でもありませんし、
仮に反対派が多かったとしても、議論もされないまま多数決で決めてしまっていい問題でもないのではないでしょうか。
民主主義の原則は、議論に基づく多数決です。
全会規模での議論を十分にしないまま決めてしまっては、どちらに決まろうとも後々まで禍根を残すでしょう。
そういう意味で、是非はともかく、少なくとも現段階では時期尚早ではないかということを、はじめに申し述べておきたいと思います。
このことは、管理人さんや?さんのおっしゃる「やり方が乱暴」という意見にも多少関連してくると思われます。
(「乱暴」ということについては後ほど詳しく述べます。)
では次に、和装義務化に伴うメリットデメリットを考察してみたいと思います。
まずはこれまでメリットである・デメリットであると言われてきたものについて、私なりのコメントをしたいと思います。
メリットとして言われているのが、
・「見栄えがよい」→「かるたにあこがれる人が増える」→「かるたが盛んになる」という流れ
・「何らかの出会いがある」
以上、?さんのご意見。(かるた展望の記事もこれに準ずると考えられる)
・「地域や開催地神社等の要望」に答えることができる。
・「競技と文化の交流」・「日本文化の雰囲気の醸成」のため。
以上、昨年愛知大会の「A級・シニア級の和装限定について」より。
デメリットとして言われているのが、
・お金の問題
・それに伴う底辺縮小の問題
・動きにくさの問題
・夏の暑さの問題
ソースは、この日記です。
いずれも、他にソースがあればご一報お願いします。
○メリットについて
まずは「見栄え」という言葉についてですが、
私が思うに、「見栄え」は至極主観的なものです。
よって、和装が「見栄えのよい」ものであるかどうかは、個々人の主観によるでしょう。。
とは言え、Tシャツ+ジャージと和装とでは、多くの人は後者がより「見栄え」すると感じるとは思います。
次に「見栄えがよい」→「あこがれる人が増える」というプロセスについてはどうでしょうか。
現段階で、現実的に不特定多数の人が観戦できる大会はテレビ放映のある名人戦、クイーン戦であり、
これらはすでに和装が義務付けられております。
各地の大会が和装義務化されたからといって、あこがれる人が「かるたが盛んになる」ほど増えるというのは言い過ぎの気がします。
また、そもそも、和装義務化することによって新たに増える「かるたあこがれる人」たちは、何にあこがれるのでしょうか。
私は、競技かるたの楽しみそのものよりも、「和装のかっこよさ」にまずあこがれるのではないかと想像します。
もちろん、まずこの世界に入ってもらって、徐々に楽しさも感じてもらう、という方法も考えられますが、
それなら最初から競技かるたの楽しみをアピールして、「競技かるた本来の楽しさにあこがれる人」たちを招く方がいい気がします。
「あこがれる人が増える」→「かるたが盛んになる」についても同様の理由で、短絡的な結論だと言えるのではないでしょうか。
最初に和装に対するあこがれで入った人たちが本当に定着してくれるのか、ということです。
「何らかの出会いがある」ということですが、
「『大会に参加できない』と悔しい思いをする人がいる一方で『何か』を得る人もい」るのであれば、
積極的に義務化をしてまで和装を導入する理由にはならないのではないでしょうか。
「悔しい思いをする人」たちを軽視してはいけないと思います。
「地域や開催地神社等の要望」については、事実が明確ではないのであまり言及はできませんが、
主管側に「和装を義務化して欲しい」という声だけが届き、「義務化して欲しくない」という声が届いていないのであれば、
主管側が「義務化の要望あり」と判断しても仕方ないでしょう。
ただし、後述の理由により、「要望あり」と判断しても、現段階で実際に大会を和装限定にすることは道理にかなっていないと思われますが。
いずれにしても、義務化をして欲しい方たちも、義務化して欲しくない方たちも、主管側にしっかり声を届けるのがいいのではないでしょうか。
「競技と文化の交流」については、そもそも「競技かるた」とはどういうものか、という、
今回の記事の後半のコメントでも話し合われた問題が絡んできます。
スポーツとしての側面を重視するなら、もちろん相手選手や読み手に対する礼儀は前提となるでしょうが(いわゆるスポーツマンシップというものです)、
実際の競技には必要のない、歌の意味や歌人の生い立ちを知り日本文化への造詣を深めることなどは、選手に強要することはできないはずです。
(もちろん個々人がそういったことに関心を持つことはまったく問題ありません。)
ただ、スポーツとしてより、日本文化の一つとしての側面をより重要視するなら、競技方法を変え、歌そのものを愛でる様なものにすればいいのではないでしょうか。
その場合は、おのずと服装は和装となり、見る人たちのあこがれも、より現実に即したものになるでしょう。
競技かるたの現行ルール、競技方法そのものが、和装義務化に反対している人たちの大きな論拠となっていることを、推進派の人たちはよく理解する必要があると思います。
(?さんはこの点もしっかり考慮に入れておられます。)
「日本文化の雰囲気の醸成」については、醸成するのは「雰囲気」だけでいいのですか、と逆に返したくなってしまいますが、それはさておき、
「日本文化」という言葉を、とかく江戸時代以前のものと限定してしまう論議に聞こえ、私には好ましく思えません。
もし、今ほとんどの日本人に定着している洋装を「日本本来の文化ではない」といってしまうのであれば、仏教や真名(漢字)もまたそうですし、
そうではなく「日本古来の文化」=「日本文化」というのであれば、どこからが古来でどこからが古来ではないのかという区切りは、一概に付けられるものではないと思います。
いずれにしても、何が日本文化で、何が日本文化ではないのか、ということを主観的に判断し、それを以って和装義務化の根拠とするのは、まさに暴論と言わざるをえません。
競技者間の共通のコンセンサスが必要だと思います。
○デメリットについて
お金の問題ですが、和装の定義にもよりますが、一般的と思われる和装を一揃えするには一万円以上はかかるようです。(反論お待ちしております。)
もちろんテニスや剣道など、いろいろなスポーツをするには用具を揃えなければなりません。
しかしこの場合大きく違うのは、それが不可抗力かどうかです。
現に今、和装をせずとも競技かるたは行えます。
ですから、他のスポーツと同じだという議論は正当ではありません。
では、将棋や囲碁の世界と同じだという議論はどうでしょう。
これもプロならば、和装や、社会人として当然のみだしであると考えられているスーツなどを揃える必要があるでしょうが、アマチュアの大会では普段着で対局される方も多いと聞きます。
私はこの二つ(他のスポーツと同じ・将棋や囲碁と同じ)の議論しか聞いたことはありませんが、いずれも、多額の自己負担を強いる根拠としてはあまりにも弱い気がします。
もちろん、和装義務化にあたって全日本かるた協会(以下、全日協)が登録全選手に和装を支給するのであれば、この問題は解決です。
お金がかかるから底辺が縮小するという議論についてはどうでしょうか。
事実に即して考えるなら、小中学生や高校生などはたとえ和装義務化になったとしても、親がお金を出すといえば問題はないでしょう。
ただ問題なのは、親がそのお金を出す気にならない或いは出せない場合と、大学生の新入生を迎え入れる場合です。
これは確実なデメリットです。
(ここでは、デメリットとなりうるかという話をしているのであって、トータルプラスになればいいというのは、また別の問題です。)
動きにくさについてですが、これも人によって感じ方が異なると思います。
私は競技かるたにおいて和装をしたことがありませんので、私見は差し控えますが、
多くの方が「和装の方が動きにくい」と感じていらっしゃるようです。
昨年愛知大会の「A級・シニア級の和装限定について」では、「競技しやすい簡単な和装」についての言及がありますが、
このこと自体が、「和装は一般的に競技しにくく着付けも複雑である」というデメリットを露呈しています。
もちろん、言及のあった「競技しやすく簡単な和装」が、Tシャツ+ジャージと遜色ないものであれば、このデメリットは解消されます。
夏の暑さの問題についてですが、これも経験上の私見を述べることはできませんが、?さんもおっしゃる通り、一般的に受け入れられる議論ではないでしょうか。
さて、ではここからは、これまでこの記事では出てこなかったメリットデメリットについて述べます。
まずメリットです。
一つは、着物を商品とする会社をスポンサーとして迎えることができる、というものです。
知り合いに着物屋がいるという人は、その人との関係を円滑にすることができるでしょうし、
固定的なスポンサーは、会の発展には大きなプラスの要素となります。
もちろん、和装を義務化する代わりに・・・なんて政治家のようなことは、絶対にないでしょうが。
もう一つは、いわゆる「愛国心」を育てることにつながる、というものです。
日本文化だの何だのとオブラートに包むから説得力がないのです。
先の戦争のころのように、国民が国を愛し、一丸とならなければ、中韓の台頭に対応することができない。
その為には、国歌斉唱(実際に昨年の愛知大会では行われたとのことです)と国旗掲揚を義務付け、和装を嗜むことによって日本人としての矜持を取り戻す、
そういったことが必要なのだ、ということです。
さて、お分かりかもしれませんが、私はこの「メリット」を皮肉を込めて述べました。
「愛国心」の何がいけないのか、大いに結構じゃないかという議論は、ここではまったく的を得ていません。
なぜなら、「愛国心」の是非はともかく、それを競技かるたという場で、しかも一方的な形で行うことは、まったく道理にかなっていないからです。
推進派の本音は、おそらく大きく言って上の二つではないかと私は推測します。
(前者に関しては、私自身もメリットとして認めます。ただし、これまで以上に透明な会計報告が求められますが。)
次にデメリットです。
まず大きなものとして、憲法に定められた基本的人権に抵触する恐れがあるというものです。
何を大げさな、と思うかもしれませんが、これはとても大事なことです。
私たちは当然のことながら、服装の自由を持っています。細かく言えば21条の「表現の自由」に当たるかもしれません。
これを同意なしに侵すことは、憲法に抵触する可能性があるのです。
どんなことを義務付けるにせよ、義務化に際しては、常に人権を侵害する恐れがあることをよく考えなければならないのです。
ですから、義務化というのは必ず会内全体のコンセンサスが必要ですし、よほどのメリットがない限り踏み切ることはできないという認識が必要です。
それほど義務化は大事(おおごと)なのです。
次に、全日協会員(要するにかるたの選手全員)の大会へのアクセス権の問題です。
私たちは全日協に会費を払っています。
これにより、全日協主催の大会への出場資格を得ます。
このような形式にしている以上、私たちには全日協主催大会へのアクセス権(自由に大会に参加する権利)が保障されると解釈されます。
つまり、全日協が正式に和装義務化を決定しないうちは、
主管の各会は和装限定にするなどの、全日協会員の大会へのアクセス権を奪うような決定を下すことはできないのです。
(「自由に」という言葉の中に「服装も自由である」ということが含まれているからです。)
?さんのおっしゃる「悔しい思いをする」というのが、まさにこの問題に当たります。
この二つだけでも、十分にデメリットが大きいことが分かっていただけたと思います。
整理すると、国民としての権利、および全日協正会員としての権利の双方の侵害に当たる恐れがあるということです。
まだあります。それは着替える場所・および着付けの問題です。
私も大会には出場しますが、着替える場所の狭い会場が多いように感じます。
特に関東の大会などでは、たとえA級だけを和装限定にしたとしても、100人を超す大会の場合、着替えの場所をしっかり確保する必要があります。
着付けも大変です。「慣れれば愛着が湧く」というのは、底辺拡大の観点から言って、ナンセンスな議論だと思います。
さて、以上、長々とメリットデメリットについて考察してきましたが、
現段階で和装義務化を導入するということがいかに「乱暴」であるか、ということをまとめにしたいと思います。
えーっと……文面から察するに、『?』さんと『???』さんは別人なのですね。ご意見ありがとうございます。
まさか憲法の話まで出てくるとは思いませんでしたが、確かに今まで自由だったものを義務付けるならばよほどのメリットがなければ変えるのはおかしいと思います。
愛国心の話も出てきましたが、僕たちがやっているのが小倉百人一首ではなく愛国百人一首ならば和装はぴったりですね(^皿^)
では、横レスになってしまいますが、?さんのコメントにコメントをしたいと思います。
>ただ「かるたを取ること」だけを考えるべきか、「社団法人」としてどのように周囲に気を配り目を利かせ、バランスよくトータルで考えるべきか。
一応確認させていただきたいのですが、このご発言は、あくまで上層部の心構えということでよろしいですか?
反対派は「『かるたを取ること』だけを考え」、推進派は「バランスよくトータルで考え」ているのだということではありませんよね?
まさかとは思いますが、もしそのようにお考えでしたら、ご再考いただきたいと思います。
反対派は、礼儀も忘れて「ただ『かるたを取』」りたいのではなく、真剣に底辺拡大などかるたの未来を考えて反対しているのですし、
会員の権利を全会規模の議論もなく奪う危険性を匂わせている人たちを「バランスよくトータルで考え」ているなどとはとても思えませんので。
>本来はかるた競技の実力が上がっていくとともに、文学知識の向上、和の世界の理解、立ち居振る舞いの完成、払い手や札の扱いの洗練など、段位が上がるに従って色々な要素も向上していくべきものです。
あなたご自身が疑問をお持ちになるのは構いませんが、「本来」「べきものです」と、そこまでおっしゃる根拠は何でしょうか?
私には、現行ルール(読みの音に反応して先に札に触った方が取り、というルールのことです)上、そういったことが本来的に向上していくとは到底思えませんが。
そういうことは、そんたさんのおっしゃるように、競技方法を違えた別部門・別団体で追及されてはいかがでしょうか。
なにも今ジャージで取っているところで無理にやらなくても、和装にあこがれる人たちを集めておやりになればよろしい。その方がもっとうまくいくはずです。
>和服の扱いもそれらの一つで、四段や五段をもらった選手は、「たしなみ」として自然と着こなせるようになっている、というのが理想です。
これは選手全体の理想ではなく、あなた個人の理想に過ぎません。
「~というのが理想となるようにしたい。」とおっしゃるのなら分かりますが。
>和装に賛成の方の中に「強いA級選手」が入っているのは、当然のなりゆきでしょう。
これは年代の問題だと思います。
つまり、一般に年配の方に賛成の方が多く、若い世代に反対の方が多く、
仮に会員全体の賛成派対反対派の比に比べて「強いA級選手」のそれの方が高いとしても、それは強いかどうかに起因するというよりも、年代に起因するのだろう、ということです。
この問題に関しては管理人さんと同じくあくまで推測ですので、できれば統計が待たれるところですが。
>試合で強くても「尊敬できない」と感じる選手には、そういうタイプの方が多いような気がします。
そうですか。私は試合で強い選手を純粋に尊敬します。
ただし、スポーツマンシップにもとる行動(礼をしない、札をわざと蹴るなど)を取る選手を尊敬することはできませんが。
ちなみに、スポーツマンシップに則った競技を行うことは、
「文学や和のたしなみなどにまるで興味を持つことなく、ただ強くなっただけのA級選手」にも出来る、ということはお分かりですよね?
>内輪ではそれで通用しても、世間は認めてくれません。「かるた」という競技も、「かるた」の競技者も。「作者名を読み上げられても、どの札か、わからない」という人が「何段でござい!」と言っても、かるたの世界以外の人々には「なんだ、その程度の競技か」と思われるのがオチです。
私は、速さを追求する今のかるたのスタイルに誇りを持っています。
目にも留まらぬ手の動き、千分の一秒の攻防、見ていて飽きない豪快な取り。
そういった魅力を世間に語ることができるなら、「何だ、その程度の競技か。」などと思われなくてすむと思います。
そうした努力をまずするべきです。
私は、?さんが今の競技かるたのスタイルに誇りをお持ちでないこと、ご自身がされていることを誇りを持って世間に話せないことをむしろ悲しく感じます。
>そもそも、競技を始めて3ヶ月の小学生が「初段」とか、始めて1年経たない高1が「四段」とか、とんでもなくインフレですからね。
その人たちの努力と才能に敬意を払うどころかこの言い草とは。。。
まったくひどい。
今の段位認定の基準を批判なさりたいのでしょうが、選手の名誉を不当に傷つける発言はご遠慮いただきたいものです。
>競技かるたは100年の歴史ですが、百人一首は千年の歴史を誇る日本人の宝です。
その通り。ですから、どうぞ別部門・別団体を立ち上げてくださいと申し上げているのです。
>かるたを通じて、その先にある「歴史」「文学」「和」を学んで欲しいのですが…
ずいぶんお偉い方のようですね。。。
>本来は別の形でかるた人としての成熟を促す教育をすべきです。
「かるた人としての成熟」とは、本来「かるたの技術の習熟」及び「試合にあたっての礼儀の習得」のことであり、
そこに「歴史」「文学」「和」を持ち込むのは暴論です。
あなたが描く「かるた人」像は、競技かるたを楽しむ人たちに強要できるようなものではないと思います。
ちなみに申し上げておくと、私自身は百首とも歌の意味を知っておりますし、(残念ながら歌人を全て言うことはできませんが)、平安文学も好きです。
和装自体も日本人なんだからやってもいいと思っています。
つまり私自身も「歴史」「文学」「和」を学ぶことは素晴しいことだと思っているのです。。
ただ、義務化という形で強制したりできる問題ではないということを再三申し上げているわけです。
現在のように、和装で出場したい人は和装で、そうでない人はその他の格好で、それぞれ出場できるのが望ましいと思います。
これは主観ではなく、人権を鑑みた客観的な判断です。
>年にいくつか そういう「何か」との出会いを演出する大会があってもいいような気がします。
・・・それを大会の和装義務化と言うのではないのですか?
ここで議論されているのは、全ての大会の義務化ではなく、昨年の愛知大会のような大会の是非だと思っていたのですが。
勘違いでしたらすみません。
これについては管理人さんにもコメントをお願いします。
いずれにしても、アクセス権の侵害という観点から、私自身は和装義務を課す大会が一つだけでもあるのならくないことだと思っています。
>同時に「和装を通じて何かと出会って欲しい」というかるたの先輩(場合によっては人生の先輩)としての心遣いもあると感じます。その「義務化」というやり方はちょっと乱暴であり、管理人さんの不愉快な気持ちには同調できるのですが、諸先輩方の気持ちを理解できなくはありません。
諸先輩方のお心遣いはありがたいのですが、義務化は「ちょっと」ではなくひどく乱暴なやり方であり、
義務化を以って心遣いだというのであれば、お気持ちは理解できません。
諸先輩方にあっては、選手の自由は保障しつつ色々ご教示いただけるととてもうれしいです
>管理人さん
こんにちは。
紛らわしくてすみません。別人です。
分かっていただけたようでうれしく思います。<よほどのメリット
愛国百人一首の話でふと思ったのですが、戦時中の兵隊さんの軍服は、和装と言っていいんでしょうかね。
あれだけ敵性語などもタブー視された時代ですから、当時日本の皆さんが着ていらっしゃったような服は、
さすがに和装と言っても差し支えないのではないかと思います。
すみませんが、41に訂正があります。
誤「私自身は和装義務を課す大会が一つだけでもあるのならくないことだと思っています。」
正「私自身は和装義務を課す大会が一つでもあることは良くないことだと思っています。」
いいスレになったねぇ。???さんがなんか思ってたこと全部代弁していただいたみたいで
読んで、とてもスッキリしました。(^-^)
>らんぞ!さん
ということは、らんぞ!さんは???さんのような意見をお持ちなんですね。
ここまでいろんな方の立派な主張を拝見すると、もともとの自分の日記がしょぼく感じちゃいますね(苦笑)
>>41
>ここで議論されているのは、全ての大会の義務化ではなく、昨年の愛知大会のような大会の是非だと思っていたのですが。
僕は、今まで和装が義務付けられていた大会(名人・クイーン・選抜)以外の、今まで服装自由だった大会が和装義務化になってしまうことに対する是非のつもりで書いていました。
ただ、『和装義務化に対してみんなも考えてほしい』という想いから書き始めた日記なので、はっきりとしたテーマを決めているわけではありませんが……
え~っと和装義務の大会が一つでもあることはよくないとまでは思わないかな。
和装義務のあるタイトル戦に服装の自由を求めるまではいかないけど、いきなり義務化というのは
ヤメレ。せめて推奨ぐらいにしとけコノヤロー(魔邪風)といいたい。
?さんの考え方も非常によくわかります。昔かるた人としてまっとうに目指していたところ
です。かるたを通じて「歴史」「文学」「和」を学んだら、それを分かりやすく説明できるくらいに
消化した上で、ギャグやエンターテイメントとして札も笑いを取れるカルターテイナーを
目指そうと思っています。(あほ)
和装より仮装かるた大会にでたいな・・・。大会前の衣装を考えるのが大変そう。
>ギャグやエンターテイメントとして札も笑いも取れる
僕もそれを目指しています(笑)
……まだまだ、らんぞ!さんには全然適いませんけどね。
『義務を課す』と言う行為は、簡単に決定されるべきではないと思います。
現在、『和装参加なら粗品プレゼント』という大会もあるみたいですが、あれも推奨のうちに入っちゃうんでしょうかね……
<はっきりとしたテーマを決めているわけではありませんが・・・
なるほど、分かりました。とんだ失礼を。
では?さん、件の私のコメントは「私は『年にいくつか』でもじゅうぶん和装義務化に当たると考えます。」と訂正させていただきます。
>らんぞ!さん
はじめまして。
ぜひ楽しいカルターテイナーを目指されてください。
やはりかるたも楽しいほうがいいですよね。
<現在、『和装参加なら粗品プレゼント』という大会もあるみたいですが
桑名大会ですね。もちろん推奨ということでしょう。
個人的には和装も洋装も同じように扱ってほしいところです。
そういえばデメリットのところには書きませんでしたが、
(義務化のデメリットには直接当たらないと思うので)
和装とは何を指すのか、という問題は厳然としてありますね。
桑名大会では、どこまでを和装と考えているのでしょうね・・・
はじめまして。いつも楽しく拝見しています。
百人一首は知っていても、競技かるたはまったくやったことはなく、かるた協会にも登録していない者ですが、熱い議論を交わしていたので、参加してみたくなりました。
まず、みなさん本当にかるたが好きなんだなぁと思いました。すごいです。
どの意見も共感できるところがあるのですが、わたしは、?さんの意見に多く共感できました。私個人の意見として、ただ競技が強いだけじゃなくて、その人の競技に取り組む姿勢や立ち振る舞い、知識が確かだと憧れも増すし、目標をその人において頑張ることで自分の人間性の部分も競技を通して磨かれていくのではないかな、一石二鳥ですよね。競技はまだ追いつけなくてもマナーや振る舞い、勉強から頑張ってみようと別の方向から攻めていくこともできます。だからその世界のトップに立つ人はみんなの手本となってほしいなとも思うのです。
そして「和装」のことですが、私は、素人目に見て、「速い・凄い・きれい」=強い というイメージがあります。協会の人たちが狙っている(?)「見栄え」もそのあたりを視野に入れているのではないかなと思います。ましてや百人一首は日本古来からあるものなので、日本古来の服装というと「和装」になるのかな、と。単純ですかね?競技をしている人からすると、そんなの関係ないよという部分もあると思いますが、全ての大会を和装でしなくても、名人・クイーン戦に次ぐ大きな大会だけ(どんな大会があるか全く知らないので憶測で書いています、すみません)とか、全国大会だけとか、その全国大会の準決勝・決勝のみ和装でもいいのでは、なんて思います。競技かるたは年齢によるカテゴリーがないので、学生さんや若い方にとっては出費が痛いかもしれませんね。しかし、他の競技でみると、フィギュアスケートや新体操、弓道、柔道、剣道、野球、サッカー、卓球、バスケ、バレー、バドミントン、スポーツだけでなく、音楽や芸術の分野etc・・・やはりそこそこ費用はかかっていると思います。まぁピンきりでしょうけど。私はバレーボールをしていますが、シューズでも安くて3・4千円、高くなると1万円超えます。何を始めるにせよ、道具や服そろえるだけでもどんどんお金もとんでいきます。最初は大変かもしれませんが、その後は長く使えるので、別に構わないのでは?と思います。それこそ、協会の力の見せ所で、どこかの着物会社さんにスポンサーになってもらって、「和装」でやる人には、もう一着プレゼント!なんて企画が時々あると効果は大きいと思いますよ。何年かたつと、初出場者のみと限定してもいいでしょうし。そのうちレンタルも参戦してシェア拡大!なんてことになったりして。すみません、話がずれました。
さすがに全大会全試合「和装」は乱暴だし厳しいですね。逆に敬遠されそうですし、私は競技かるたをやってみたいと思っているのですが、全試合に「和装」が義務付けされたらきっと大会には出ないかな。だから一気に義務化にするのではなく少しずつ規程に組み込んでいってはどうかと思います。管理人さんのおっしゃる通り、大会で「和装」を勧めるのではなく、ちゃんと決めてルールとして発表するほうが筋が通っていると思います。そしたら???さんのいう憲法抵触も解消されるのではないかと思います。
そして、協会についてですが、きっと協会側もたくさん考えているのでしょう。「和装」にしたい、でも競技人口や競技性を考えると無理には言えないから、大会等で呼びかけているのではないでしょうか。みんなからアンケートを取って考えるのが一番いい理想の形なのでしょうが、きっとここでかわしている意見以上のものが出てくるでしょう。多分収拾がつかなくなるのではないでしょうか。だから、協会の方から働きかけるのはないのではないかと思います。それでも、なんとか考えてもらいたかったら、HPで意見を知らせたり、署名活動をしたりとこちから働きかけないといけなくなるのかなと思います。
続いて・・・
私事ですが、上記したように私はバレーボールをしています。ものすごく田舎の県で、バレーボールが大好きな人が集まってクラブチームを作って活動しています。なので日本バレーボール協会と、県バレーボール協会に登録しています。
バレーボール協会はですね、すごいのですよ。なにがすごいってルールや規程がこっちの都合もお構いなしに決定として下りてくるのです。ルールは国際的なものもあるからある程度は仕方ないのですが、
・リベロの導入
・25点ラリーポイント制
・カラーボールの採用
・ユニホームの番号のサイズの変更
・協会への登録の仕方の変更 etc・・・
有無をいわせずです。反論する機会すらありません。これはいいルールの改正だなと思うものももちろんあります。リベロの導入は背の低いバレーボーラーにとって門戸が開かれたと思います。しかし、数年前のユニホームの番号のサイズの変更の時にはしんどい思いをしました。なにがってお金の面で、です。審判や記録の人に見やすいようにと規程が改正されたのですが、直す費用はこちらで補助ももちろんありませんので、何着もあるユニホーム全てを直すのは、細々とチームを運営している身では大きな痛手でした。大会では服装の小さなところ(ソックスの柄とか)までチェックされるので、試合に出るためにはルール通りにするしかありません。
また、県の協会からは独自で審判服の購入を義務付けされました。審判は基本的に試合に負けたチームがします。本当は審判の資格を持っている人が行うのですが、持ってない人がほとんどです。資格を持っていても服までは持っていない人も多いです。今まではチームで統一された服装ならオッケーだったのですが、審判服でやりましょうと決定し、持ってないチームは購入を義務付けされました。
バレーが好きとはいえ、社会人ですから仕事などで人数も揃わないことも多いし、練習するにも場所の確保や使用料がかかります。色んな意味で渇々で活動しているので、当時は、そんなんどうでもいいじゃないかと、審判や試合には関係ないじゃないかと反発心を持っていたのを思い出します。私の所属している県に登録しているチームはどこも同じようなチーム事情を抱えているので、愚痴を言い合ったりもしました(汗)
バレーはテレビなどでとりあげられる機会も多いので、華やかに見えるし、いい環境で練習に取り組めているようにも見えます。しかし、こういうのもピンきりで、全日本や実業団みたいにいい環境で活動しているところがあれば、本当に細々と、強くないけど、でも一生懸命活動しているところもあります。どちらかというと、後者が底辺を支えているので、その人たちのことも考えたきまりであって欲しいなんて思うのですよ。
だからかるた協会が強引にでも「和装」を規程に入れないのは、底辺を支えている人たちのことを考えているんじゃないのかな、とも受け取れます。良く見すぎでしょうか?
長々とそして、かるたを知らない者が生意気にすみませんでした。
どうもはじめまして。
コメントありがとうございます。
競技かるたを実際にやっているものの意見だと、どうしても客観的な判断が難しくなってしまいますので、たいへんありがたいです。
この記事を書いてから、もう3年が経つんですね。
3年の間で、特に話し合いや意見交換の場が設けられるわけでもなく、さらに、和装を義務化する大会が増えているというのが現状でしょうか。
>全ての大会を和装でしなくても、名人・クイーン戦に次ぐ大きな大会だけ(どんな大会があるか全く知らないので憶測で書いています、すみません)とか、全国大会だけとか、その全国大会の準決勝・決勝のみ和装でもいいのでは、なんて思います。
私もそう思います。
今までが、おっしゃるような『名人・クイーン戦に次ぐ大きな大会だけ』に和装が義務付けという状態でしたが、それに加えて、全国各地で行われている全国大会にまで和装を義務付け始めたのが、問題だと思っています。
競技かるたの場合は、まず『全日本かるた協会』という団体があり、その協会に約100のかるた団体が所属しているというスタイルをとっています。
段位を取得するためには、全日本かるた協会が主催の全国大会でのトーナメント戦で入賞する必要があるので、競技かるたをやっている選手たちの多くは、この大会で入賞することを目指して練習しています。
各地方団体が主催している地方大会もありますが、初心者向けの大会が多いので、参加するのを自粛することになります(力の差が大きすぎるから)。
だから、全国大会で和装の義務付けをすると、大きな弊害になってしまうのではないかと思います。
準決勝・決勝のみ和装というのは、競技かるたをやっている人からは絶対に出ないアイデアでしょう。
何故かと言うと、競技かるたの全国大会はトーナメント方式のため、負けた選手やその関係者・見学者は、最後まで残っていないことが多いからです。
また、競技かるたの世界には、「同じ所属会の人と対戦することになった場合は、どちらかが勝ちを譲って不戦勝になることがある」
という、美しくない悪しき慣習があります。
良く言えば「勝ちを譲る」、悪く言えば「八百長」ということにでもなりましょうか……(笑)
数値として表すと、4段以上(名人位・クイーン位への挑戦資格保有者)の選手が全国大会で行う試合のうち、約1%もの試合(2,3大会に1度発生する割合)が、この『譲り』によって勝敗を決しています。
「同じ会の人だから……」という理由で、決勝戦が行われないなんて、他の競技じゃあまり考えられませんよね。
バレーボール界の現状など、興味深く拝見させていただきました。
協会による決定事項が、そのような形で競技者にのしかかっているんですね。
確かに、昔と比べてルールが大幅に変更されているとは思っていましたが……
頂いたコメントへの感想を上手く述べることが出来ずに申し訳ありません。
言葉では上手く説明できませんが、考え方など大変参考になりました。